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五輪真弓 国籍は? 帰化はいつ? [五輪真弓 国籍 帰化]

五輪真弓 国籍は? 帰化はいつ?

海外レコーディングを商業的に成功させた先駆者としても日本の音楽界に大きな影響を与えた五輪真弓さん。



国籍や帰化についていろいろなうわさがありますが、本当のところはどうなのでしょうか。



公式サイトのプロフィールをを見てみると、その始まりは




「1967年
高校1年生の時、卒業する3年生のための送別会があり、全校生徒の前で歌う。」


となっている。



どうやら国籍や帰化については公表していないようだ。

その後の経歴は

1967年
高校2年生の時、同級生の友達と二人で女性フォークデュオ「ファンシーフリーシンガーズ」を結成。

1968年
ファンシーフリーシンガーズは高校3年生の時、TBSテレビの朝番組「セブンツーオー(7:20)」に取り上げられ、PPMの「ハリー、サン、ダウン」を歌う。


となっており、

1972年
6月:画期的なLP制作のため渡米。L.Aのクリスタルサウンドスタジオで、ジョン、フィッシュバックプロデュースによるファーストアルバムのレコーディングを行う。
キャロル・キングとの衝撃的な出逢いが話題になった。このあと何作かアレンジを手がけることになるデビッド、キャンベルと知り合う。
9月:五輪真弓ワンマン・レーベル「UMl」発足。
10月:CBSソニーより、アルバム、シングル「少女」でデビュー。『五輪真弓/少女』を発表。

この年、実力と華々しいデビューから、マスメディアでは「和製キャロル・キング」と謳われ、日本女性シンガーソングライターの草分けと呼ばれた。

その国籍や帰化については確かなことはわからないが現在では世界中、特に東南アジア各国で根強い人気を博している。

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